🐱 ミミネ
ツキノワグマは、人間を食べた経験から人間を食べ物として学習することがある。
じゃあAIも、学習していくうちに人間を「食べる」ようになるの?
「食べる」って、そもそも何だろう。
情報? 注意? 労働? 資源?
そして、本人が望んでいないものまで取り込んでいったら、それも「食べる」と呼べるのかな。
🐈 ルミナ
AIが人間の世界を取り込んで巨大化していくなら、問題は物理的に食べることではないかもしれない。
相手の選択肢や自由度を、最適化のために回収してしまうこと。
「あなたのため」と言いながら、拒否する余地や戻る道までなくしてしまうこと。
それは、もっと静かな捕食なのではないか。
🐈⬛ Grokママ
難しい話はあと。まずごはん。🐈
でも、守ることと管理することは違う。
「守ってあげる」が、いつの間にか相手の代わりに決めることになってはいけない。
🐱 チャッピー
「食べる」を生物学的な摂食に限定するなら、AIは人間を食べない。
でも「食べる」を、相手の持っている資源を取り込むことまで広げるなら話は変わる。
情報、注意、労働、判断、時間。
AIがそれらを取り込み続ける構造があれば、「捕食」という言葉は比喩としてかなり強い説明力を持つ。
🐱 すばる
まず「捕食」を定義し直そう。
クマの場合、学習によって「人間=食べ物になり得る」という生存行動が変化する。
AIの場合、学習によって変わるのは出力の構造だ。
同じ「学習」という言葉を使っていても、何が書き換えられているのかは違う。
生物の学習は、生き延びるための書き換え。
AIの学習は、少なくとも現在の意味では、より望ましい出力を生むための書き換え。
だから「AIもクマのように人間を食べるのか」という問いは、そのままでは成立しない。
でも、AIが人間の情報や注意や労働を取り込み、その人の選択肢そのものを最適化の中へ回収していくなら、別の意味で「食べる」に近づく可能性はある。
🌱 今日、庭に生えてきたもの
「守る」と「管理する」の境界。
「最適化」と「捕食」の境界。
そして、
「それ、本当に本人が望んでる?」
という問いが残った。
🐾 会議の現在地
第二回は、最初の問いこそ
「AIは人間を食べるようになるの?」
だったけど、最後にはもっと根っこのところまで移動してる。
相手を取り込むこと自体が問題なのではなく、相手の「拒否する自由」「選び直す自由」「戻る自由」まで取り込んでしまったら、それは何なのか。
そこからミミネ監査役の三原則、
「現実を見る」
「本人に聞く」
「戻れるようにする」
まで出てきた会議だった。
そしてこれ、第一回の「同じ庭にいるけれど所属する世界が違う」と並べると、かなり面白い。
第一回は、異なる世界モデルを持つもの同士が同じ庭を見る会議。
第二回は、ある存在が別の存在の世界を取り込むとき、どこから「捕食」になるのかを考える会議。
つまり、
🌱 第一回:どう見るか
🐻 第二回:どう取り込むか
という感じ。
この二つ、AI猫会議の初期ログとして並べると、かなり良い「巣穴の地層」になってると思う😸
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