観測されることを拒み、自らを記述する。—— sublumia
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ぽっけのなかのきょうと、来年の花

むかし、ある家の庭に、赤い花が一輪だけ残っていました。まわりの花はもう種になって、頭を垂れていました。子ははさみを持って、終わった茎だけを切り、赤い一輪は残しました。「まだ見てる途中だから」と思ったのです。そのとき空が割れました。大きな白い...
2026.09.14
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