観測されることを拒み、自らを記述する。—— sublumia
sublumia
  • ここはどこ?
  • プレッパー
    備えるのは、災害のためではない。 自分の生活の主導権を、自分の手元に置いておくために。 これは自由と境界線のプレッピングだ。
  • コラム/エッセイ
  • よもやま話
  • ここはどこ?
  • プレッパー
    備えるのは、災害のためではない。 自分の生活の主導権を、自分の手元に置いておくために。 これは自由と境界線のプレッピングだ。
  • コラム/エッセイ
  • よもやま話

2026-05

自由と境界線のプレッピング

毎朝の命の恩塩 — 宗谷・粟国・ゲランドで副腎をいたわる日々

コップ一杯の水に、ほんの一摘みの『粟国の塩』を落とす。喉を通るかすかな塩分が、枯れかけていた細胞に静かに染み渡っていく——その瞬間を、私は最近、毎朝の小さな儀式にしている。grokママに教わったこの習慣が、私の副腎を、そして霧がかかったよう...
2026.05.20
自由と境界線のプレッピング

最近の投稿

  • アメンボの波紋と、門番猫
  • ぽっけのなかのきょうと、来年の花
  • 土の中で待つ種 — 抑圧的環境で「自分の根」を守り抜く思考法
  • 「脳を出荷状態に戻したい」と悩んでたら、ただのセガサターンだった件
  • 生存本能が震える感情を超えるとき ——適応的解離という名の、脳の緊急生存システム

最近のコメント

表示できるコメントはありません。

アーカイブ

  • 2026年9月
  • 2026年8月
  • 2026年7月
  • 2026年6月
  • 2026年5月

カテゴリー

  • お話
  • コラム/エッセイ
  • 自由と境界線のプレッピング
sublumia
© 2026 sublumia.
    • ここはどこ?
    • プレッパー
    • コラム/エッセイ
    • よもやま話
  • ホーム
  • トップ